【告知】2022年10月「SUBURI STUDIO」のお知らせ

正会員の皆さま、

10月の「SUBURI STUDIO」を以下の日程で開催致します。

正会員のみ
日にち:2022年10月26日(水)
時間:20:00〜(90分程度)
場所:オンライン(ZOOM URLをお送り致します)
今回のテーマ:國分功一郎著『中動態の世界 – 意志と責任の考古学 – 』を使った読書会
※書籍はご自身でご準備ください。
ファシリテーター:赤石嘉寿貴(あかいし かずき)

前回までは、川内有緒著『目の見えない白鳥さんとアートを見る』を読んでまいりましたが、今月からは、國分功一郎著『中動態の世界 – 意志と責任の考古学 – 』を読んでいきましょう。

タイトルの「中動態」をみてパッと思い浮かぶのは「能動態」と「受動態」、国語の授業で習った言葉です。「〜をする」「〜される」は、普段の生活でよく使う表現だと思います。ほとんどの行為を、この2つで表現しているのではないでしょうか?だとすると、その間、「中動態」はどういう状態を表すのでしょう?

以前、SUBURI STUDIOでも取り上げていた中島岳志著『思いがけず利他』の中でも「(自分の意思とは関係なく思いがけず)〜してしまった」という状態が触れられていました。この状態は、「能動的」とも「受動的」とも言えないし、なんだか「中動態」と深い関わりがありそうです。

10月、11月はこの國分功一郎著『中動態の世界-意志と責任の考古学- 』を読んで、今まで意識になかった「中動態」という感覚に触れることで見えてくる世界を感じていきましょう。

参加される方は著書を読んで頂き「なぜそこが気になったのか」そこを読んだ時に「感じたこと」や「頭に思い浮かんだこと」などを話できるように、気になった箇所に線を引いたり、抜き出しておいたり、それぞれのやり方でご準備ください。

堅苦しい雰囲気ではありませんので、お気軽にご参加ください。

赤石嘉寿貴

中動態の世界意志と責任の考古学

中動態の世界意志と責任の考古学
國分功一郎著

失われた「態」を求めて――《する》と《される》の外側へ
自傷患者は言った。「切ったのか、切らされたのかわからない。気づいたら切れていた」依存症当事者はため息をついた。「世間の人とはしゃべっている言葉が違うのよね」-当事者の切実な思いはなぜうまく語れないのか? 語る言葉がないのか?それ以前に、私たちの思考を条件づけている「文法」の問題なのか? 若き哲学者による《する》と《される》の外側の世界への旅はこうして始まった。ケア論に新たな地平を切り開く画期的論考。

【目次】
プロローグ-ある対話
第1章 能動と受動をめぐる諸問題
第2章 中動態という古名
第3章 中動態の意味論
第4章 言語と思考
第5章 意志と選択
第6章 言語の歴史
第7章 中動態、放下、出来事-ハイデッガー、ドゥルーズ
第8章 中動態と自由の哲学-スピノザ
第9章 ビリーたちの物語

あとがき